2021-09-12 チベット料理のお店
パリを去る友人が最後にご飯を食べようと誘ってくれたのがチベット料理の店だった。 それまでチベット料理を食べたこともイメージもなくて楽しみにでかけたのだけれど、そこではよそ行きの料理というよりはどちらかと言うと家庭で食べられているものが提供されているのだというので余計に嬉しかった。
店主は小柄で笑顔を絶やさないもう老年にさしかかろうかという女性で、たった一人で料理も給仕もしている。派手な宣伝を嫌って有名店というわけではないが客がまた客を呼び、陽が落ちるころには椅子が埋まっている。どのお客さんにも良いものを出したいからとテーブルの数は多くない。それでも満員になれば、ひとりでさばききるには大仕事だ。
店主は仕事の隙を狙って私たちのテーブルに腰を落ち着け、料理をひとつずつ説明してくれる。
私たちはそれ聞きながら、ひとつずつおかずを食べ、スープを飲み、ちびちびとお酒を飲む。
どの料理も滋味深く、素朴で、胃の底がじんとあたたかくなる。
豆腐や油揚げのようなもの、餃子様のものもあって見た目は馴染み深いのだけれどいわゆる日本風のだしの味でも中華風でもない。塩味が薄いがうま味がある。
チベットではスパイスやハーブをたくさん使うんだよと教えてもらったが、癖があったり刺激的な味がしたりということは一切なくて、穏やかで複雑な味わいだった。
塩味や甘み、酸っぱ味などとともに苦味も料理にはとても大事な要素なんだよと店主は教えてくれる。もうすでに彼女は私たちのテーブルに自分のグラスを置いて、ちびちび飲みながら他のお客さんに料理を出している。あなたたち、私の料理は元気で健康になるからね、いっぱい食べなさい。食べることが体の基本だからおろそかにしてはだめだ、とお母さんのように、メニューにないものまであれやこれやと出してくれる。
苦味はハーブでも出せるのだけれど、焦がすことからくる苦味も大事なんだ、と教えてくれる。豆やスパイスをどんなふうに、どのぐらいの加減で焦がせば、その苦味が最後に料理をあるべきところに着地させてくれるかを考え抜いているのだそうだ。
私もカレーを作るときには固いスパイスをまず炒めて油に香りを移したり、粉状のスパイスもしっかり弱火で炒めることで香りを立たせるようなことを気にしているけれど、焦がし加減を味の到達点に計算して含めるというのはすごいことだな、と目の前ののどかに笑っている人を見つめる。この、もしかしたらそんな複雑さには気づかずに通り過ぎてしまうような素朴な料理の中で、そんな技を使っているとは。
その日は遅くまで食べて飲んだのに、パリを去る友人へのプレゼントだと言って、かたくなに料理のお金を受け取ってくれなかったのだった。
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今日、たまたま全然別の場所でチベットレストランを見つけ、ほうとうのような料理を持ち帰った。
それであのチベット料理屋さんのこと、あの店主のことを思い出したのだった。
ほうとうが出来上がるまでに店員さんと話をする。彼の出身はインドとチベットの端境にある町なのだそうだ。チベットよりもインド寄りであるようだったのでそこまで状況は悪くないのかもしれないと思い、時々母国に帰ることがあるのですかと聞いたのだが、やはり、中国の迫害のために今は母国に帰ることはかなわないそうだ。
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自分の家族の写真を私たちに見せてくれながら、もうからだもしんどいしいつも辞めようと思うんだけど、美味しいものを食べてほしくて働き続けているんだと彼女は言っていたな。自分の大切にしていることを貫きながら頑張ってきたけれど、そろそろオーナーの方針に従わされそうだからそのときは本当に辞めるかもしれないとも言っていた。
もう4年も前になるだろうか。5年? また来るねと言ったきりでそれきり訪ねていない。
まだそんなにパリの地理に明るくなくて当時は随分遠くまででかけたような気がしていたが、店の住所を見てみたらセーヌの近く、私もしょっちゅう通る大きな道のそばにあった。
小さい店だからロックダウン後に生き残っているか心配したが、どうやら少なくともこの6月にはopenしていたみたい。よかった、潰れていなかった。
最後に出してくれたバターと出汁のお茶が忘れられない美味しさだった。塩味とコクと、しずかな旨味が、ああ、おもてなしを受けたなと思わせてくれる。
深夜のパリを歩きながら、いつまでもお腹の底がじんわりあたたかかったのだった。
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あとからTweetを探したら、4年も前の話じゃなくて2019年の話だった。
全然時間の感覚がないな…。